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七夕祭

7月7日
読了時間: 2分

更新日:8月16日








七月七日、午後五時から『七夕祭』を斎行いたしました⛩️👏

氏子崇敬者の皆さまの願いを記した短冊を笹竹に吊るし、神様に奉納させていただきました🎋


神事では、皆さまの願いを神様にお伝えする祝詞を奏上しましたのち、故事に則って、「梶の葉」を模した折り紙に、和歌を記して言祝させていただきました🌿


かじのはに


いにしえからの


おもいはせ


ほしにねがいを


アワをことほぐ


神事には氏子さん親子が参列してくださいましたが、子供さんが少なくなり寂しいなか、短冊には子供たちの願いごとだけでなく、素直で清らな親や神様への感謝の言葉を記しているのを見ていると、とても温かい気持ちになりました🎋


本来、日本のお祭りは旧暦で行なわられていましたので、七夕も本来はお盆のころ、宇宙の根源に想いを馳せ、そこにいらっしゃるご先祖様を敬い、感謝するお祭り、今でいう、「盆踊り」の起源であったと、古代文献には記されております📝

お盆も盆踊りも、仏教由来と思い込ませれていましたが、その本質はずっと昔、縄文のころからの私達の伝統であったのです。


また梶の葉に和歌を記し、御供していたらしく、これが、七夕には願い事を短冊に書いて、笹の葉に結びつけ飾ることにつながっていったのではないかと思います..


和歌の冷泉家では今日も、七夕のお供えのひとつとして、梶の葉を水盤に浮かべたり、葉の上に和歌を書いてあちらこちらへ結びつけ、捧げています。


南北朝(支那)の500年頃、牽牛と織女(彦星と織姫)のラブストーリーが出て来て、その2人が会うことの出来る夜であると明記され、行事としての「乞巧奠」に取り入れられたとのことです。


この乞巧奠は、奈良時代に我が国に伝えられましたが、天の川に見立てた白布を挟んで男女に分かれ、和歌を詠み合うこと、琵琶や和琴の上達を星に願うことなどが付け加えられ、支那とは違った形の日本の伝統行事となり、今でも和歌の冷泉家がそれを伝えています。


ちなみに笹を飾るのは、江戸時代から、始めは笹に和歌を七種、吊るしたようで、庶民もその頃になって、願い事などもつるして、七夕祭りを楽しむようになったとのことです









 
 
 

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